株式会社NKC

〒700-0903 
岡山県岡山市北区幸町8番29号
三井生命岡山ビル9階

会社情報

ごあいさつ

人材の能力を最大限に引き出す少数精鋭の頭脳集団として活躍。

出向スタイルで真のビジネスパートナーを目指す。

岡山市の市街地に株式会社NKCがある。平成19年の設立と歴史が浅く、社員数も10人足らずの小さなソフトウェア会社だが、ビジネスパートナーとして大手企業が名を連ね、同社への評価の高さが伺われる。

得意としているのは業務系システムの開発や提案。出向形態のスタイルで、受託型のシステム会社とは一線を画している。

「出向と言うと、あまり良いイメージに思われないかも知れませんが、実は出向こそが真のサポートだと考えています。お客様の懐に入って、実際の業務を触れながらシステムに関していろいろな提案をする。課題や問題点を一緒に考え、解決していく。これは受託型ではなかなかできません。専門家が身近にいることはお客様にとって心強い存在。また、出向の方が仕事自体、断然面白いですし、SEも一流の方々と接することでいい刺激になっています」と、那須社長は言い切る。

色褪せない情熱。66歳で会社を設立。

那須社長が手がけた会社は、実はこれが最初ではない。現在会長職を務めるグループ企業の株式会社アストロ、有限会社エヌ・ケイ・シーを立ち上げている。

「12年ほど前に脳内出血で倒れてしまいました。1~2年で再発すると助からない可能性が高かったので、すぐに臨時役員会を開いて、社長を退き会長の職に就きました。当然、会社の経営を社長に一任し、口を挟めない立場になりましたが、今まで自身が会社の舵取りをしてきたのでストレスが溜まっていきました。こんなことなら新しく会社を作った方が健康的にもいいはず。まだビジネスの世界で面白いことをしたい意欲も残っていました」と、那須社長。

NKCの設立は何と66歳の時で、そのバイタリティと行動力に驚かされる。情熱があれば、年齢なんて関係ない。そんなことに勇気づけられる。

色褪せない情熱。

面白い人生を送らせてもらった。

那須社長は、横浜の大学で管理工学を専攻。卒業後は地元の大手鉄工会社に就職する。

「会社に大学の先輩がいたのですが、“名前が一作なのに、おまえは無策だ”と、からかわれていました」。そう言われるのが悔しくて、戦略を立てることを常に意識するようになった。12年勤務した後に、地元の情報システム会社に転職して18年の時を重ねる。

「当時、プログラムの仕事が山ほどあり、仕事量をこなす技術者を育成するのが私の役目でした。退社する頃には数人の社員は100名近くになって嬉しかったですね。常務で給料も良かったので辞める気はなかったのですが、知り合いの強い勧めがあって…」と、那須社長。

会社を興して1年くらいは、まさにいばらの道だった。
「営業に出て行く振りをして、実際には金策に走り回っていました。融資がストップして、毎月100〜150万円ほど足らなかったですね。でもいよいよ切羽詰まって、お世話になっていた方の所に最後の挨拶にいった時に、ポンと1,000万円を貸してもらって息を吹き返すことができました。それから12年間黒字続きで、銀行の評価は優等生です」。今振り返ると、面白い人生だったと言う。

心遣い、戦略を立てるのが経営者。

那須社長に経営者になるための条件を聞いてみた。

「経営とは、頭でするものではありません。それだったら大学の教授でもできるはずです。また、権力でするものでもありません。“心”でするものです。心の経営と言えば、難しく考える人もいますが、決してそんなことはありません。相手のことを思いやる“心遣い”があれば、いい経営者になれるはずです。また経営者とは、売上を確保できる“枠組み”を作り、それを実現するための戦略を立てるのが仕事です。社員に叱咤激励だけでは業績は伸びません」。

那須社長は、5年以内には社長職を譲り、次なる布石を打ちたいと言う。
「この業界では、技術者が50歳を越えると企業から敬遠されがちですので、例えば、介護事業など、高齢者が働ける枠組みを作っていきたいですね」と、その眼差しは少年のように輝き、戦略を立てることが心底楽しそうだった。

心遣い、戦略を立てるのが経営者。